
ZIGGY CHENの26SS COLLECTIONは、私たちの「原点」を呼び起こします。
慌ただしく過ぎていく日々の中で、私たちは本当は何を大切にしたかったのでしょうか。「PRITRIKE」は、静かに降り続く雨のように、私たちを日常の重力からそっと解き放ち、本来の時間感覚へと立ち返らせてくれるコレクションです。今回はそんな 「PRITRIKE」について、CONTEXT TOKYOの店主 伊藤に語ってもらいました。

__今期のテーマは 「PRITRIKE」ですね。この言葉もいつものような造語なのでしょうか。
伊藤:はい、今シーズンのテーマ 「PRITRIKE」は、「PRIMAL (原始的な・根源的な)」と「STRIKE (打ちつける・心を打つ)」という2つの単語を組み合わせた言葉遊びです。
AIやSNSの発達によって私たちは効率よく、すぐに正解へたどり着くことを求められる時代を生きています。
もちろん、ファッションもその例外ではありません。トレンドや話題性を追って次々と生まれる流行は、すぐに消費されていく。ラグジュアリーブランドのデザイナーたちも、めまぐるしく入れ替わっていく。
そうした流れのなかで、生き方にも「こうあるべき」が求められ、服もまた「これを買えば間違いない」「これを着れば失敗しない」という枠に回収されていっている気がするんです。
だからこそ25-26AWでは、自分自身の「意志」を持つことの大切さを改めて考えさせられました。
__「VOLEISURE」ですね。
伊藤:そうです。「正解」が一つではないように、ものの見方もまた一つではない。大切なのは、自分自身の「意志」を尊重することです。
そして26SS「PRITRIKE」では、その「意志」がどこからやってくるのか、さらに深く描かれているように感じます。
「VOLEISURE」は、「どう選ぶか」、「PRITRIKE」は、「なぜそれを選びたくなるのか」。心の底から湧き上がる、原始的な「喜び」のエネルギー。今回は、そんな感覚とともにある「PRITRIKE」の作品をご紹介させてください。
__よろしくお願いします。
__今シーズンの作品にはどんな特徴がありますか?
伊藤:今シーズンの作品は、とにかく着ていて楽しいし、気持ちがいいんです。
__というと!?
伊藤:自分が身につけるものだからこそ、「面白い」「心地いい」と感じられることが、いちばん根源的な魅力なんじゃないかと思うんです。
天然素材を用いた生地には安らぎがありますし、デザイン面でもギミックの効いたものが多くて、着方を試行錯誤すること自体が楽しいんですよ。例えば、このシャツです。
伊藤:右身頃と両袖山に紐が付いていて、自在にシルエットを変えることができます。
もともと左右でねじれた構造になっているのですが、紐を使って左身頃や裾をたくし上げてもいいし、ボタンを留めずに紐だけ結んで着てもいい。もちろん、普通にボタンを留めて、紐を垂らしたまま着るのも素敵です。
袖丈も長めなので、袖の紐を結んで長さを調整することも、ロールアップした袖が落ちてこないよう固定することもできてしまう。もし紐が不要なら、それぞれ外してしまうことだってできる。
__おお……!自由に着られて、すごく楽しそうですね。
伊藤:この半袖シャツも同じく前身頃の紐でアレンジできるのですが、背面左裾にはリネンの太紐が付いています。イタリアの紐専門メーカーで開発された紐に手染めを施したもので、これも引けば形が変わり、結べば重力が変わる。
きっちりボタンを留めて着るのももちろん良いですが、ぜひ少し崩したバランスで、空気の流れを感じるように着てみてほしいですね。
__どちらのシャツも、着る人によってまったく違うスタイルになりそうですね。
伊藤:そうなんです。一人ひとりの個性や感覚を引き出してくれるギミックなんですよね。
私たちはつい「必要なもの」ばかりを追い求めがちですが、実は「必要ではないもの」のなかにこそ、豊かな楽しさが潜んでいると思うんです。
__その感覚ってとても大切ですよね。失敗を恐れるのではなく、気軽に楽しむことを忘れたくないです。
少し風合いが違って見えますが、この2つは同じ生地なんでしょうか?
伊藤:実は、同じ生地の表と裏を使っています。
このシルク生地は、プリントの上からさらに染めを重ねてつくられていて、表にも裏にもそれぞれ深みのある表情があるんです。陰と陽、両方の美しさを感じさせる、SSシーズンの定番的な生地ですね。
ちなみにこの生地はほかにも、キモノボンバー、ワークシャツブルゾン、ワークエプロンなど、全部で9種類のアイテムに使われていました。
__25AWに続いてそんなに多くのバリエーションがあったんですね!
伊藤:どれを選ぶのか、その時間自体も楽しいですよね。それと、これも面白いですよ。
__これは……!? かなりデザインが効いていますね。
伊藤:今シーズン新たに登場したボトムスのバランスです。一見パンキッシュにも見えますが、あくまで「脱いだシャツを腰に巻いた」ような軽やかなデザインなんです。
だから、見た目ほど難しくありません。
同じ生地のジャケット(0M2610925 STAND COLLAR THREE BUTTON BLAZER)やシャツ(0M2610739 OVERSIZED LONG SHIRT)はもちろん、夏ならTシャツにソックス、スポーツサンダルを合わせても格好いいと思います。
__いつものスタイリングを、うまく崩してくれるんですね。
伊藤:そうそう!この絶妙なバランスを狙ってつくるのって、実はすごく難しいんです。カジュアルになりすぎたり、逆に決めすぎた感じになったりしてしまうので。
でもこのパンツは、一見すると難しそうなのに、穿いてみると意外と馴染む。手持ちの服との組み合わせを考えるのが、きっと楽しくなる一本だと思います。
このラップされたシャツ部分も、右前に付いた紐を使って生地をたくし上げたり、裏地を覗かせたりと、着方によって表情が変わります。ボタンをすべて留めて着ることもできますし、あえて崩しても成立するデザインです。
__想像するだけで、着こなしの幅が広がっていきそうですね。
伊藤:そうして「喜び」もまた広がっていく。
私たちは、なぜこれほどまでに装うことに惹かれるのでしょうか。そこには「喜び」があるからだと思うんです。そして私たちには、自分自身の意志で選択できる自由があるのです。
伊藤:現代に生きる私たちは、当たり前のように服を着て生活をしています。衣服には、身体を守るという物理的な機能だけでなく、裸では外に出られないという社会的な側面もあります。さらに昔は、身分を表すための装置でもありました。
階級制度のあった中世では、その人の階級が一目でわかることが重要で、王は王として、貴族は貴族として、平民は平民としての衣服を着るのが当然でした。そこには、いまのような選択の自由はなかったんです。いまでは階級制度はなくなり、私たちは自由と平等のもとで服を選べるようになりました。
__市民運動の積み重ねがあったからこそですね。
伊藤:ただ、効率と洗練が極端に進んだ現代には、自由があるようでいて、どこか息苦しさもある気がします。
洋服の売られ方も変わりました。インターネットやSNSが発達したいま、服そのものの美しさや素晴らしさよりも、「画面のなかでどう格好よく見えるか」「どう付加価値をつけるか」が優先されているように感じることがあります。
そうして、自然に「正解」がつくられていく。私たちは自分で選んでいるつもりで、実は無意識のうちに選ばされているのかもしれません。だからこそ、周囲や時代の空気に流されるのではなく、自分の意志を持つことが大切なんです。そしてその意志は、「喜び」とともに育まれていくものだと僕は思います。私たちがはじめて自分の意志で洋服を選んだとき、そこにはきっと喜びがあったはずです。
__わかります。コーディネートを想像してワクワクしたり、友人に褒められてうれしかったり!
伊藤:そうなんですよね。昔はもっと、ドキドキしながら服を選んでいた気がするんです。
「PRITRIKE」は、そんな純粋な自分の「原点 (PRIMAL)」を取り戻すための服なんです。
私たちは、自由で平等な社会のなかでファッションを楽しむことができます。だからこそ、「失敗しない」ことに流されるのではなく、自分自身の「喜び」を追いかけることが大切なんだと思います。この作品たちには、その「選ぶ喜び」がしっかり宿っています。
西洋的なダブルブレストの見た目を持ちながら、シルエットは着物を思わせる東洋的な「ジャケット」です。ナポリのサルトリアの仕立て技術をヒントに、肩に吸い付くような心地よい着用感に仕上げられています。芯地にもリネンを用い、快適さを追求した一着です。
こちらは上のモデルと似ていますが、実は「シャツ」のつくりなんです。ピークドラペル、6つボタンのダブルという、もっともフォーマルなジャケットの形を、シャツの構造で表現しています。
袖口や背中のアクションプリーツを見ると、その違いがわかりやすいですね。裏地も付いていないので、シャツ感覚でタンクトップの上から羽織って、袖をロールアップして着るのも良いと思います。生地の色違いでブラウンのジャケットもあるのですが、そちらも同じくシャツのつくりで、合わせはシングルです。
ダブルかシングルか。黒かブラウンか。そうした選択そのものを楽しめる作品なんです。
そして、シルク生地と並んでSSシーズンの定番になりつつあるのが、ブロークンツイルという織りのリネンの生地です。着込むほどに驚くほどなめらかになっていく、美しく愛着の湧く生地なんですよ。
このノーカラーシャツは、逆に「ジャケット」のつくりです。ダブルのジャケットを裏返したようなデザインで、内側にラペルが縫い込まれ、そのステッチが表に現れています。そのため、薄手の生地でありながら立体的なVゾーンが生まれているんです。
__本当だ!?シンプルに見えて、かなり凝ったつくりですね!
伊藤:しかもこのコットン生地は、夏でも快適に着られるよう、水で何度も揉み込むように洗いをかけて、独特のシボ感を出しているんです。近江上布を参考にしてつくられた、暑い季節にぴったりの工夫ですね。
__ZIGGY CHENのものづくりの凄さがすごく伝わってきます!
伊藤:ジャケットと、ジャケットなのにシャツ。シャツなのにジャケット。さらに生地の色、生地違い、ダブルかシングルか。「選ぶこと」自体にもわくわくしますよね。
__その人に合った選び方ができて、選ぶ時間そのものが想像をかき立ててくれますね。本当に、自分の原点に立ち返れるようなデザインなんですね。
伊藤:それに、Ziggyさん自身の原点 (PRIMAL)も感じるんです。
__というと!?
伊藤:服はもちろん、家具やアートなど、古いものをとても愛している人だからこそ、作品にはヴィンテージ由来のモチーフがよく見られます。でも今回は、それがいつも以上に強く感じられるんです。

たとえば、0M2610553 TACTIC WORKERS TROUSERSです。このデザインは、アメリカ軍海兵隊(USMC)に供給されていた「M44」ユーティリティパンツがモチーフになっています。1944年から1945年までの、わずか1年間しか支給されなかった幻のデザインなんです。
__そんな珍しいモチーフなんですね!
伊藤:背面の大きなポケットにはレインポンチョを入れていたと言われています。ただ、実用性には難があり、製造期間はごく短かった。
でもファッション的には、そのキャッチーな見た目が高く評価されていて、「モンキーパンツ」と呼ばれる名作でもあるんです。貴重なリファレンスなので、オリジナルの価格はすごいことになっています……。

0M2610920 GOLD LEAF FIELD JACKETは、アメリカ軍の「M65」フィールドジャケットを思わせる一着です。
__たしかに!でもM65って、エポーレットが付いている印象があります。
伊藤:実は、1965年から66年のごく初期のモデルにはエポーレットが付いていないんですよ。M41、M43、M50、M51と発展してきたアメリカ軍のフィールドジャケットの完成形と言えるのがM65なのですが、M51まではエポーレットがあり、65〜66年の初期だけそれがなくなり、その後また復活するんです。
ただ、ファッションアイテムとしてはエポーレットがないほうが着やすいので、流通している2nd以降のモデルから、後年エポーレットを切り取ったものも存在します。
__これもまた1年だけの仕様なんですね!
伊藤:ステッチも特徴的です。初期モデルはシングルステッチですが、2ndはダブルステッチ。
本来は耐久性を高めるための仕様ですが、着込んでいくうちにパッカリングが生まれ、経年変化による豊かな表情が出てきます。このディテールはファッション的にも人気が高いんですが、70年代になると縫製の簡略化によって、またシングルステッチに戻るんですよ。
この0M2610920 GOLD LEAF FIELD JACKETは、エポーレットはないもののダブルステッチで縫われていて、エポーレットを外した2ndタイプを思わせるバランスになっています。
洗い込むほどに、ダブルステッチならではのパッカリングが生まれ、より立体的で、自分だけの一着へと育っていく。
見た目はフィールドジャケットですが、着物を思わせるルーズフィットのバランスでつくられ、裏地のない紙のように薄いリネン生地なので、夏でも袖をロールアップしてシャツ感覚で着られる。
ZIGGY CHENらしさが凝縮された、美しい作品だと思います。
このベストは、1950年代のハンティングベストがモチーフで、獲物を入れておくための大きなポケットが特徴的です。現代においても、とても実用的なデザインですよね。
オリジナルのハンティングベストも金属のバックルでホールドする仕組みになっていて、ヴィンテージ加工された金具が全体の雰囲気を引き締めています。
__ランウェイでは、ダブルブレストのジャケットの上からレイヤードされていて、ハイブリッドな着こなしが印象的でしたね!
伊藤:先ほどご紹介したダブルのジャケットの上からこのベストを重ねているのですが、フォーマルとカジュアル、都会と自然、過去と現在といった対比が、ZIGGY CHENらしい陰陽太極図的なバランスを感じさせます。
アームホールが広いので、どんなアウターの上からでも着られる。着こなしの幅がさらに広がるアイテムですね。
__夏場にTシャツの上から着ても良さそうです!

伊藤:0M2610559 DIGITAL PRINT DRAWSTRING TROUSERSは、1950年代にベルギー軍の空挺部隊へ支給されていた「ブラッシュストロークカモ」を思わせるデザインです。
もともとはイギリス軍SAS(特殊空挺部隊)の柄がベースにあり、そこからベルギー軍が独自にアレンジを加えたカモフラージュなんです。イギリス軍オリジナルのものに比べると、より丸みのあるストロークで、色調もダーク。ヨーロッパの森林地帯により溶け込めるよう改良されています。
ZIGGY CHENの「ブラッシュストロークカモ」は、詩や絵画の舞台としてもたびたび描かれる中国・江南地方の、やわらかく降り続く雨を思わせるカモフラージュ柄なんです。
__雨を感じさせる柄が入っていますもんね!土地ごとに発展していくところに、ヴィンテージウェアの面白さを感じます。
伊藤:その土地ごとに植生や環境が違い、求められる機能や用途が変化するからこそ、デザインも変わっていく。そこがミリタリーの面白さですよね。
自然のなかに溶け込むカモフラージュであると同時に、自然と一つになる道教的なバランスでもある。これは中国の、そしてZIGGY CHENだからこそのカモ柄とも言えます。
伊藤:そしてこの「雨」の柄こそ、今シーズンの鍵でもあります。江南地方の雨をイメージしていると同時に、古い壁からのインスピレーションでもあるんです。
この雨の柄は「雨だれ」と言って、古いコンクリートの壁に残った雨の跡を連想させるのですが、弱酸性の雨がアルカリ性のコンクリート表面を少しずつ侵し、大気中の汚れと反応して黒い筋を残していく。

そんな現象がモチーフになっているんです。これもまた、原始的(PRIMAL)なイメージへとつながっていきます。
__!?
伊藤:地球誕生初期、つまり約40億〜46億年前の原始の地球では、300℃にもなる酸性の雨が降り続いていたと言われています。
その雨が岩石の成分、たとえばカルシウムや鉄を溶かし、それが海へ流れ込むことで栄養豊富な原始の海ができ、生命の誕生へとつながっていった。
「PRITRIKE」に描かれる雨だれには、そんな原初の記憶さえ重なって見えます。いまの速すぎる世界のスピードを静めながら、私たちのなかに新しい価値観を宿らせてくれる。この雨の柄は、そんな美しさを持っているんですよね。
原始的(PRIMAL)なイメージは、この雨だけでなく、今シーズンに使われている素材や色の名前からも感じ取ることができます。
__それは、どういうことでしょう?
伊藤:今シーズンのZIGGY CHENの作品は、これまでのシーズンに比べて、より粗野で素朴な質感のものが多いんです。
リネンや、ヘンプ(大麻)、シルク、ウール。
どれも紀元前から人々の生活とともにあった素材たち。どの素材も使い込むことで柔らかくなったり、とろみが生まれたりしながら、着るひとと一緒に育っていく。
__なるほど!だからこそどこか安らぎが感じられるんだ!
伊藤:今シーズンの生地の色味は、黒から淡い白へとひろがっていきます。
アンティークブロンズ、ミックスドカッパー、アッシィシルバー、オパールグレー、クリスタルシアン……そうした金属や鉱物の名が付けられていて、原始的なマテリアルを思わせるカラーパレットになっているんです。
そしてそれは、陰陽のバランスであると同時に、実は道教神話の世界観とも響き合っています。
__それは気になります。どんな関係があるのでしょうか?
伊藤:道教の天地開闢の神話では、まだ天と地が一つだった頃、宇宙は暗いカオスに包まれていました。その混沌のなかで盤古という神が生まれるのですが、彼の前にはぼんやりとした世界が広がっているだけだった。彼はその息苦しさに耐えきれず、斧でカオスを切り裂きます。
すると、割れた混沌のなかから煙が立ちのぼり、軽く清らかなものは上へ昇って「天」となり、重く濁ったものは下へ沈んで「地」となった、という物語です。やがて盤古は力尽きて倒れますが、その身体はさまざまなものへと姿を変えていきます。
左目は太陽に、右目は月に。息は風と雲に。血は長江と黄河に、静脈は道に、筋肉は田畑の土に。髪の毛は天の星に。全身の産毛は草木に。歯と骨は煌めく金属と、滑らかで艶のある宝石になった。
「PRITRIKE」では、カオスである原初の黒から、淡い白い光へ。軽く清らかなものと、重く濁ったもの。そして、盤古が姿を変えた金属や宝石の色味によって、この世界観が構成されているように感じます。

原初の黒。リネン100%のブロークンツイル生地。普段はレディースのアウターにも使われる織りで、縦糸2本、緯糸1本で織られており、横にぶるっと揺れるような独特の動きがある。上から染めを施してから水で洗うことで、原初の混沌を思わせる深い黒のなかに、静かな光を宿している。

淡い白。リネンとビスコースの生地。今シーズンの道教的モチーフのプリントにさらに染めを重ね、それを裏使いすることで、より曖昧で自然な印象に仕上がっている。生地の織り始めである原初と、織り終わりである現在を思わせる「耳」の使い方も印象的だった。古い青磁のように、わずかに青みを帯びた淡い白色。

アンティークブロンズ。イタリア製のヘンプ生地。糸の段階で染められ、古い生地から着想を得たピンストライプが織り込まれている。長い年月を経て酸化した青銅のような色合いを持ち、素朴でありながら静かな存在感を放つ。

ミックスドカッパー。糸の段階で染め、大正時代の生地から着想を得て織り上げたチェック生地。染めた糸と同じトーンで、上から雨だれのプリントが重ねられている。雨風に晒されながらゆっくりと変化してきた銅板のような風合いがある。

アッシィシルバー。雨だれや黒ずみを帯びた古い壁をイメージしたプリントの上から、さらに染めを重ねたシルク生地。使い込まれた銀の器のような、鈍い輝きが印象的。

オパールグレー。低温染めを施したリネン生地を、水で揉み込むように洗って仕上げたもの。オパールのようなやわらかな光のコントラストが原始的でありながらどこか神秘的な表情を見せる。ドライでありながら、どこかぷるっとした清涼感がある。

クリスタルシアン。太いリネン糸と細い糸を組み合わせて凹凸のあるチェック柄を織り、その上から染めて水洗いすることで、凹んだ部分に染料が溜まり、表面の染料は流れていく。その結果、水晶のような透明感をたたえた生地になる。
__こんなにも神話の世界が織り込まれ広がっているんですね……!
伊藤:今シーズンのプリントの中には、道教の女仙の一人である「麻姑(まこ)」が描かれているのですが、彼女たち仙人が着ている衣服のバランスにこれらのシルエットがとても良く似ています。
古代中国の神話世界と、現代のエレガンスとの融合は、「PRITRIKE」の美しさを体現していると言えるでしょう。
このシーズンのプリントにもある「麻姑」と「鶴」と「松」は、一緒に描かれることが多くて「麻姑献寿」という、祝福や長寿の象徴とされる縁起のいいモチーフでもあります。ちなみに、「孫の手」は、「麻姑の手」から由来しているんですよ!
__え!そうなんですか!?
伊藤:「麻姑」は鳥のように長い爪を持っていて、「背中がかゆいときには、あの麻姑の長い爪で掻いてもらいたいものだ」という故事が転じて、「思いどおりになる」「もどかしさが解消されてすっきりする」という意味の麻姑掻痒(まこそうよう)という四字熟語が生まれたみたいです。そんな「麻姑の手」が海を渡って日本で「孫の手」に置き換わったっていうわけです。

__なるほど!そう言われるとプリントでも少し爪が見えるような……
伊藤:他のプリントに用いられているモチーフとしては、重慶の玉灘貯水池に沈む「千手観音」、「申子大歳金辯大将軍」などが描かれていて、道教神話や中国圏の景観が「PRITRIKE」の服の上に広がっています。
__Ziggyさんだからこそなルーツを感じられた気がしました。
今シーズンのランウェイを見たとき、これまでのシーズンに比べて少し粗野で、柔らかな色が多いなと感じていたのですが、色味やプリントのなかにも中国ならではの意味が込められていたんですね。
伊藤:その粗野な質感は、アルテポーヴェラの影響も感じさせます。
__1960年代後半のイタリアで生まれた「貧しい芸術」という意味の芸術運動ですね!
伊藤:そうです。木、土、石、布、植物といった日常的で素朴な素材を用い、当時の消費社会や産業化、さらには芸術市場がつくり出す価値基準そのものに問いを投げかけた運動で、日本のもの派とも近しい考え方の芸術運動でもあります。
その代表的なアーティストのひとりに、ジュゼッペ・ペノーネがいます。ペノーネは樹木をモチーフにした作品で知られていますが、彼が見つめていたのは木そのものではなく、その内部に刻まれた時間や生命の痕跡でした。
角材を削りながら若い頃の樹木の姿を掘り起こす作品は、人間が自然を支配するのではなく、自然のなかに流れる時間へ耳を澄ませる行為にも見えます。
彼はまた、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者のジョルジュ・シャルパクの発想にも強い関心を寄せていました。シャルパクは、古代の土器に残された溝や指の痕跡には、もしかすると陶工の声や、その場に流れていた音までもが刻み込まれているのではないかと想像したそうです。
__なるほど、レコードみたいに!

伊藤:そこには、「物質の表面に残された痕跡のなかに、失われた時間や記憶を読み取ろうとする視線」があります。ペノーネが惹かれたのも、まさにその感覚だったのではないでしょうか。
樹木の年輪や樹皮、人の手の跡、石の表面、土の質感。自然や物質のなかには、目には見えない膨大な時間が蓄積されています。彼の作品は、それらの痕跡を通して自然と人間との関係を再び結び直そうとする試みにも見えます。僕は今回の「PRITRIKE」にも、それに近い感覚を覚えるんです。

伊藤:私たちは、つい新しいものばかりを追い求めてしまいます。けれど本当に大切なものは、案外ずっと昔からそこにあるのかもしれません。
古い壁に残る雨だれの跡。樹木の年輪に刻まれた時間。土器に残された陶工の指の痕跡。何十年もの歳月を経たヴィンテージウェアの皺や色褪せ。
それらは単なる「古さ」ではなく、人や自然が生きた時間そのものです。ジョルジュ・シャルパクは、古代の土器の畝に当時の音が刻まれているかもしれないと想像しました。ジュゼッペ・ペノーネは、樹木や石、人の手の痕跡のなかに見えない時間を見出しました。
そしてZIGGY CHENの「PRITRIKE」もまた、私たちを同じ場所へと導いているように思えます。
服のなかに織り込まれた雨や鉱物、神話や自然の記憶。それらは過去へ向かうためではなく、自分自身の原点へ立ち返るための道しるべです。
効率や正解を求め続ける時代だからこそ、ときには立ち止まり、自分の感覚に耳を澄ませてみる。そのとき私たちは、「何を着るか」だけではなく、「なぜ装うのか」という問いにもう一度出会えるのかもしれません。
「PRITRIKE」が呼び覚ますのは、流行でも正解でもありません。もっと遠くから聞こえてくる、自分自身の原点の声です。静かに降り続く雨のように。
__なるほど。
壮大な世界観が描かれているからこそ、メッセージはとてもシンプルなんですね。「自分の原点に戻ろう」ということなんだ。
伊藤:素敵な一着と出会ったとき、人は少しだけ自由になります。「これをどう着ようか」「どこへ出かけようか」「誰に会おうか」。そんな想像を膨らませる時間そのものが、装うことの喜びなのだと思います。この春夏、「PRITRIKE」とともに、自分だけの感覚に耳を澄ませてみてください。
__今回も美しいシーズンですね!素敵なお話をありがとうございました!
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