COLUMN

ZIGGY CHEN 25-26AW ”VOLEISURE” – “選ぶ”という行為の再構築

ZIGGY CHEN の 25-26AW からは、自らの意志で未来を選び切り開いていくという希望と力強さを感じさせます。

選ぶという行為は、主体的に「どうありたいか」という意志を静かに灯し、それを衣服という形に落とし込むことなのだ。

今シーズンのZIGGY CHENの作品たちはそんな言葉を語りかけてきます。

今回はそんな「VOLEISURE」について、CONTEXT TOKYOの店主、伊藤に語ってもらいました。

”VOLEISURE”──“選ぶ”という行為の再定義

今期のテーマは「VOLEISURE」ですね。
先シーズンに引き続きこの言葉はブランド側の造語なのでしょうか。

伊藤:はい。「VOLEISURE」という言葉は、「Volition(意志)」と「 Leisure(自由な時間・余白)」という2つの単語を掛け合わせた造語なんです。

この2つの言葉のコラージュを通して今期の ZIGGY CHEN が問いかけているのは、まさに 「あなたはどう着たいか」 なんです。

__選ぶという行為の再定義ですね。

伊藤:そう。自分が 「どうありたいか」という意志を静かに灯し、それを着方に落とし込むことが選ぶという行為です。

たとえば今期はいつにも増してルーズフィットな印象です。

あれは「自由」のための余白(Leisure)なんですよ。

誰が着ても大きいからこそ、袖をまくるのか、落とすのか。
襟を立てるのか、寝かせるのか。
どのボタンを留めるのか、それとも留めないのか。

些細な違いのようで、「どう着たいか」というその人の「意志(Volition)」を反映させる作品たちなんです。
そして何より、それこそがその人の「スタイル」へと成っていくのです。

今シーズンはそういった意味で、すごく自由度が高く「楽しい」シーズンだと思います。

__というと!?

伊藤:例えば、スカーフとマフラーが合わせて18種類もラインナップしていたり、フードピースやミトンといったアクセサリーが豊富だったり、同じ生地でも様々なモデルがあったりと、いつも以上に選べる幅やレパートリーが豊富でした。

__18種類も!?バイヤーに対しても「どんな提案をするの?」と問いかけているようですね。

伊藤:まさにそうです。
お店によっても取り扱うアイテムやサイズといった提案の幅が広いです。
私たちもただ売るというより、どれを選び、どんな未来に向けてどう提案したいのかという「意志」が大切だと思うのです。
そんなお店ごとの意志が見えるのが面白いです。

私たちにとっても、ZIGGY CHENの服にはブランドから「こう着てください」とは言われない「間」があります。
「どう着たい?」と問い返してくる服と、鏡の前で時間をかけてじっくりと向き合ってみる。
その人が何が好きで何を選ぶのか。その中から見えてくる自分だけの物語があるのではないかと思うんです。

__テーマとしての VOLEISURE が纏い手のファッションの本来持つ自由な想像力への扉になっているわけですね。

伊藤:はい。前回のコラムでも書きましたが、SNSや動画プラットフォーム、AIの発達によってみんなが同じ方向へ効率的に進んでしまっている感覚があります。
そのシーズン毎にスタイリングは「こうあるべきだ」とか、このアイテムはこう着れば「間違いない」といった言葉をよく目にします。
他の人にとっての正解と、自分にとっての正解は必ずしも同じではないと思うのです。

服を通して、自分の価値観に立ち返ること。
ZIGGY CHEN は今期、それを非常に静かで、美しい方法で提示していると思います。

「正解」が一つではないように、見方もまた一つではない。

その前提に立ち返ることで、見える世界が広がるのではないでしょうか。

”VOLEISURE”とキュビズム

ジョルジュ・ブラック《ポルトガル人》1911-1912年

伊藤:同じ文脈で、この「VOLEISURE」のコレクションには「キュビズム」の思想を感じます。

__あのピカソとか、ジョルジュ・ブラックの?

伊藤:そうです。

キュビズムという技法は、セザンヌから始まり、ピカソやジョルジュ・ブラックが発展させた技法なんですけど、当時はめちゃくちゃ異端な表現だったんですよ。

当時の絵画には「格」があって、それによって画家の地位も決まります。
宗教画がいちばん上にあり、王族や貴族の肖像画がその次にあり、庶民や自然などの日常を描いたものが一番下にあります。

今で言えば、ブランドの価値やトレンドの「格付け」のようなものがそのまま個人が着る服を決めてしまう状態に近いと思うんです。

__たしかに、ソーシャルメディアが発達したからこそ、現代のファッションでも「ブランドの格」みたいなものには、大きな影響力がありますよね。

伊藤:でも、キュビズムはそんな時代の常識のど真ん中に、真正面から「違う見方」を持ち込んだわけです。

一見何を描いているのかを理解することが難しいかもしれない。
だからこそ、見る人それぞれによって捉え方が異なるのです。

__ものの見方はひとつじゃない、ということですね。

パブロ・ピカソ《オルタ・デ・エブロの工場》 1909年

伊藤:そうなんです。キュビズムって、物を「壊して」から「再構築」するんです。

見る角度を固定しない自由な描き方です。
正面から見た図、横から見た図、上から見た図など。いろんな視点を同時に平面に描き出します。

その結果として、絵が多面的になる。

これって僕たちの世界の捉え方そのものなんですよね。

後のコラージュやフォトモンタージュの技法にもつながるのですが、根本にあるのはやっぱり破壊と再構築という美意識なんです。

__価値を「格」や「正しさ」で決めるのではなく、ものの見方そのものを解体し、もう一度組み立てるわけなんですね。

パブロ・ピカソ 《科学と慈愛》1897年

伊藤:ピカソの若い時の絵って見たことありますか?

__え、どんな絵なんですか!?

伊藤:ピカソも若い頃は圧倒的に写実的な絵を描いていたんですよ。
15歳の頃なんて本当に完璧に上手くて、絵を一緒に描いていた父親が筆を折っちゃうくらい。でも晩年になるほどにそれが崩れていきます。

__本当にうまい…なのになんでなんでしょう!?

伊藤:ただ忠実に写実的に完璧に描くだけなら他にいくらでもうまい人がいるし、なんなら写真でもいいと思うんです。

子どもたちにクレヨンを渡すと自由にのびのびと、とても楽しそうに描くじゃないですか?
晩年の頃にピカソは「子どものように描くには一生涯かかった」と言います。
そんな内面から湧き上がるような純粋な「喜び」をピカソは追求したからなんです。

それは、うますぎるがあまり子どもの頃に自由に描いた経験がなかった反動かもしれないし、ユングで言う「リビドー」──内側から湧き上がるエネルギーを取り戻そうとしたからなのです。

形を整えることよりも、「どう見るのか」「どう表現するのか」という根源的な喜びの方へ回帰していったわけです。

__なるほど。「上手く描く」ではなく、「どう描くか」。先ほどVolagerの話で出てきた「どう選びたいか」という問いと、重なりますね。

伊藤:ファッションもこれと同じです。
大事なのは、「なぜこれを選ぶのか?」「なぜこう着るのか?」という自らの「意志」と、「喜び」という内側からの原始的なエネルギー。

キュビズムはその問いを、絵画の世界で徹底して表現しようとしています。
見え方を固定せず、価値の「格」から解放し、多面的な世界を引き受けようとした。
そこには「意志」があるのです。

Ziggy Chen Autumn-Winter 2025 Paris, France

その思想が、今シーズンの ZIGGY CHEN の服とどこか響き合っているように僕は思います。

生地から感じる、”VOLEISURE”とキュビズム

__そうした思想は、実際の服にはどんなふうに落とし込まれていますか?

伊藤:今シーズンの作品にも ZIGGY CHEN の意思が込められています。一つずつ見ていきましょう。

_お願いします!

伊藤:これまでのZIGGY CHENの作品のプリントは、道教家や妖怪だったりと、ある意味わかりやすいモチーフのものが多かったかもしれません。
ですが今シーズンの作品に表現されている柄は、どれも曖昧です。
だからこそ、人によっては古い壁のように見えたり、水墨画のように見えたり、石のように見えたり。多角的に見える柄なのです。


__本当だ!?

これらのシャツには、プリントを施した上から手染めされたシルクの生地が用いられています。

1枚目の写真のシャツの前立て部分には、波のようにうねったシワが見られます。
メインの身ごろの部分は生地の裏側が、このうねっている部分には生地の表側が用いられ、そしてうねっている箇所の着心地を邪魔しないように同じシルクの生地で裏地がつけられています。
袖も左右で表と裏がそれぞれ使われているのがわかります。

ただデジタルプリントしただけではなく、さらに染めが入っているので生地の裏表が美しく、どちらの面も使用できるのです。

さらに、このシルク生地はこのシャツの他にも、

大きいポケットがついたワーカースタイルのシャツ(0M2530701 DIGITAL PRINT SILK SHIRT JACKET)
ストールがついて捻れているルーズフィットタイプのシャツ(0M2530747 DIGITAL PRINT ASYMMETRIC SCARF SHIRT)
プレーンなドレスシャツタイプ(0M2530705 CLASSIC DIGITAL PRINT SHIRT)
があります。

__そんなに種類があるんですか!?

伊藤:そうなんです。今シーズンは同じ生地で様々なスタイルのアイテムを製作しています。同じ生地でも選ぶ人によって全然違うスタイルになる面白さがあります。

この生地もレパートリーが豊富です。

この生地は一見するとコーデュロイに見えますが、実はコーデュロイではなくシェニールという極太の糸を打ち込んで作られています。
刺繍に使われたり、カーペットを織る時に使われる糸なのですが、現在では化繊が一般的だそうです。
それを今回はコットンリネンで作っていて、表にコットン、裏にリネンが来るように織られ、手で染色されています。
シェニールの糸が持つ凸凹と、手染めによるムラで、光の当たり方により見え方が変わる生地です。

この生地のアウターでは
ダブルのロングコート(0M2531106 CHENILLE CLOTH DOUBLE-BREASTED LONG COAT)
ミリタリースタイルのフードブルゾン(0M2531105 CHENILLE CLOTH PARKA

ワーカースタイルのショートブルゾン(0M2530946 CHENILLE CLOTH CROPPED WORKER JACKETS

の3タイプが出ています。
麻系の皺感ととろみが出てくるので、身体に馴染んでもっとフィットするようになっていきます。

__本当にレパートリーが豊富ですね!

伊藤:このシャツも面白いです。

ウールで作られた生地の上からデジタルプリントを施し、縮絨をかけてプリントを曖昧にしながら、その生地を裏向きにして使っています。

__ほーーーー!?

伊藤:このプリントには色々なシーズンのグラフィックが混ざっていて、パッと見ただけでも20S/Sの古い手紙、21A/Wの太鼓石、24S/Sのツバメなどが隠れています。
ですが縮絨をかけられ裏向けに使用されているのでよく見ないとわかりづらいです。
一枚の生地の中に別の時間軸のものを組み合わせ、それを曖昧に見せようとするのはキュビズムの手法と同じです。

このセーターも左袖にスタチューが編み込まれているのですが、これも曖昧な見え方をします。
ニットは作りの特性上、表面の方が滑らかで裏面はざらつきがあります。
このカシミヤセーターはなるべく肌の上にそのまま乗せる着方がおすすめで、最高の肌当たりをするように表を裏にして作られています。
なので柄が反対向きなのですが、実はこれはZIGGY CHENのタグにいる道教家のモチーフで、裏返しても向きが揃うようにさらに反転させて編み込まれていて、作り手の意志が感じられます。

__おおお!!!しっかりVolition(意志)ですね!

伊藤:キュビズム的な表現としては、このセーターも面白いですよ。

__!?

伊藤:このニットの全面の「芍薬」のような花のモチーフは、ジョルジュ・ブラックの「アマリリス」という作品の表情に似ています。

さらにジョルジュ・ブラックは晩年にかけて「鳥」のモチーフをよく描くようになっていくのですが、このセーターの左袖背面には「ツバメ」が編み込まれています。

鳥は知性と感性の間を自由に往来する存在、あるいは魂の象徴として描かれています。

キュビスムの精神を受け継ぎつつ、より自由で装飾的な表現に。
ジョルジュ・ブラックへのオマージュを東洋的に再解釈したかのようです。



__再解釈なのですね!面白い!!!

伊藤:この生地も美しいです。

ASYMMETRIC PATCHWORK VESTに使われている生地も複雑です。

__グリーンとパープルが複雑に混じりあっているような生地ですね。

伊藤:コットンウールをジャガード織で作ったあと、さらに2色の染料で手染めし、縮絨をかけて柄を曖昧にする、という途方もない手間がかかっています。

寒色と暖色を混ぜているので、どちらのアイテムとも合わせられますし、身幅とアームホールが大きいので、シャツの上からはもちろん、ジャケットやコートの上から羽織ったり、ベストのボタンにジャケットのボタンをかけても良い。
ベストでもあり、ノースリーブのジャケットでもあり、手に取る人だからこその自由な着方ができる作品です。

__着る人の意志がスタイリングに反映されていくのですね!

伊藤:忘れて欲しくないのが、CLASSIC DUVET JACKET に使われているオリーブカーキの生地です。

コットン・バージンウール・メタルを交織した生地で、ステンレス繊維の輝きに、グリーンとパープルで2度手染めることによる複雑な色合いが、一つの言葉で言い表せないものに仕上がっています。
見る角度、時間や、それぞれの人の目によっても見え方が異なるキュビズム的な美しさを持っています。
そして金属の繊維がその人に合わせた皺や捻れやうねりを生み出します。

また、ダウンジャケットはスポーティになりがちですが、このダウンジャケットはスポーツ感が全くなく、ECWCSのLEVEL7のようなミリタリー感も漂っていますよね。

袖の内側に仕込まれた滑らかなコットンリブは風の侵入を防ぎながらも、締め付けのない快適な着心地です。

着物をイメージさせるシェイプなので、ボタンを止めた時の襟元のラインも美しいうえ、パターンも進化していて、去年の秋冬のボンバージャケットに用いられたパターンをさらに発展させて肩への吸い付きをより高められています。

__ルーズなサイジングでも生地が肩や背中に美しく沿う姿はまさに着物だ!

伊藤:あとは、0M2530905 VELVET STAND COLLAR BLAZER などで使われている、染めが施されたベロア生地。

ブルーとブラウンの染料で手染めされたあと、さらに上からクラッシュ加工を施すことで、どこから見ても陰影のある表情に仕上がっています。

Family Portrait by
Washington Lafayette Germon

ちなみに、この生地は、1855年に描かれたとされている家族の肖像画で、この男女が身にまとっているベロアの生地にそっくりなんです。

1855年と言えば、去年の秋冬のキーワードとなったデカダンスの時代。今期にもそのコンセプトは受け継がれています。

ブルーの美しいベロア生地が日焼けして脱色したような色味。
裾が擦り切れたかのようなほつれ。
たくさんポケットに手を入れていたかのようなひしゃげたポケット口。

愛着と共にその人に長い間寄り添ってきたかのような、諸行無常の美しさを感じさせます。

ちなみにこの裾のほつれには生地の耳が用いられています。

__ほ、欲しい…着ていくと生地も柔らかくなるだろうし皺もうまれて、もっとその人に合わせた特別な1着になっていきそうですね!

伊藤:僕も欲しいです!笑

この生地もピカソの「パイプを持つ少年」の絵の中からそのまま取り出したかの様です。

__本当だ!絵の中からそのまま飛び出してきたみたいで面白い!

伊藤:そしてこれらの切り替えなんてまさにキュビズムです。


__まさに!な切り替えですね!!!

伊藤:このジャケットもまたキュビズムなパッチワークが美しい一着です。
「パピエ・コレ」という、新聞紙や楽譜や包装紙や写真などをキャンバスなどに貼り合わせて構成する「コラージュ」の基になった技法があるのですが、このジャケットはまさにこの手法です。

大きく3種類の生地が用いられ、それぞれに生地作りのストーリーがあります。
「パピエ・コレ」や「コラージュ」という技法は、ダダイズムやシュルレアリスムへと発展し、現代の美術に影響を及ぼしていくのですが、このジャケットは袖を通す人の失われかけた意志や喜びを取り戻させるかのようです。

今シーズンの作品の多くに使われている裏地のシルク生地も「パピエ・コレ」の手法です。



__このシルクの生地は春夏にもありましたよね?

伊藤:春夏のシーズンのものとパターンは同じなのですが、全く同じなのではなく秋冬用なので生地に厚みがあり色味も重厚感があります。

ZIGGY CHENが今までオリジナルで開発した生地の端切れがつなぎ合わされてあるのですが、一つの生地の中に様々なシーズンの、様々な種類の生地を繋ぎ合わせる様はさながら「パピエ・コレ」のようです。

裏地として滑りをよくするだけではなく、シルクなので保温性も確保されています。

__生地だけでもこれだけキュビズム的な楽しさが詰まっているなんて…凄すぎます!

あなたはどう着るのか、見るのか?ーー ZIGGY CHEN的キュビズム

WORKER SHIRT ── クラシックの見え方を拡張するシャツ

伊藤:次は形にフォーカスしてみましょう。

このジャケットのツイード生地とシルエットはジョルジュ・ブラックの着ているジャケットを彷彿とさせます。

この生地はドネガルツイードと言って、イギリスの伝統的な生地を再解釈してオリジナルで作ったものです。
ウールの原毛を綺麗に向きを整えて糸にするのではなく、ある意味「粗挽き」
の様にラフに混ぜて糸を紡ぎ生地を織り上げています。

大きなネップ感が特徴的でクラシックな印象の生地の表情ですが、とても柔らかく軽い今だからこそ開発できた温故知新的な良さのある生地です。

ルーズフィットですが肩は張らず、着物の様にすっと流れる様に落ちる。
着込んでいくとさらに身体に沿うんだろうなと期待させられます。

WORKER SHIRT は、オープンカラーやホリゾンタルカラーなど、本来は「正しい形」とされてきたイタリアンクラシコの文脈を持ちつつ、その格や形式を固定しない作りになっている。

シャツは本来「下着」だったという歴史も含めて、ZIGGY CHENはその枠組みを一度ばらして、もう一度組み直しているように感じます。

__クラシックの「ひとつの見え方」を拡張しているような。

伊藤:そうです。ルーズフィットだし生地の表情も相まって抜け感があるように見えて、ナポリのテーラードのドレスシャツに用いられるホリゾンタルカラーとシルクが品の良さを際立たせバランスを取っています。

コットンシルクの生地に残したネップ感も「見え方の拡張」という意味では同じで、シルク生地の在り方の再解釈です。

シルクは摩擦と共に毛玉ができ、白くなってしまう「白化現象」というデメリットがあるのですが、これはこの白化現象を逆に利用して染めて作っています。

シルクはこうあらないといけないといった「正解」や、今までの固定概念を壊し、一つの美しさの可能性として再解釈して生み出されています。

この生地も光や距離で“見える白さ”が変わるんですよ。
つまり、着方・見方によってもどの文脈を立ち上げるかが変わる=複数の見方が生まれるわけです。

OVERSIZED SHIRT ── 視点に揺らぎを生む“ねじれ”

伊藤:今回、ねじれているシャツが多いんですよ。この OVERSIZED SHIRT なんて、襟の位置すら曲がっています。

__「ねじれているように見せている」のではなく、本当にねじれている?

伊藤:そう。どう着てもねじれます。袖も長いです。44のサイズなのに手が隠れるくらい。

ここもまくる/落とす/整えるでまったく違う見え方になります。

ボタンを全部留めてもいいし、片側だけ襟を出してレイヤードさせてもいい。
ねじれの表情に合わせてスカーフを入れたり、襟を立ててハイネックの様にして着るのも面白いです。

__その日の気分で「どの見え方を選択するか」が変わるわけですね。

伊藤:そうです。一見ラフに見えるのに、ちゃんとその人の「意志」が出るんです。

「どう着るか」によって、形そのものが変わって見える。

これってすごくキュビズム的じゃないですか?

__確かに……!

ASYMMETRIC SHIRT JACKET ── 視点に揺らぎを生む“ねじれ”2

伊藤:ASYMMETRIC SHIRT JACKET は、コットンカシミヤで肌ざわりが滑らかなんですが、前立てのパッカリングがすごく特徴的です。

糸の種類を変えて縫うことで、生地が縮んでしまったかのような「歪み」が意図的に作られているんです。

また、襟は大きく弧を描き尖っていますが、これは 1900年代初頭のドレスシャツのカーブの美しいロングポイントの襟をイメージさせます。

古いものを徹底的に分析して作ってあるので、シャツを愛と共に大切に使ってきたかのような表情ですが、しっかりダンディズムも感じさせています。

__デザインの中に「時間」を縫い込んでいるような感じですね。

伊藤:まさに。

さらに面白いのは、中国の木造建築との類似性です。
中国の古い木造建築の屋根の形は、日本の神社などの木造建築の屋根よりも大きく反り上がっています。

寒山寺(唐代に建立された名刹)

木造建築は木でできていますから、長い年月で反ったり、曲がったり捻れたりしてきます。

この屋根の反り上がり方と、襟の形。
木の捻れと、前立ての捻れ。

生地の落ち方、カッティングによるカーブ、パッカリングによって生まれるねじれ──どう着るか、どう見るかで服が持つ意味が変わる一着です。

だけど着心地を大切にする為にカシミヤを入れることで肌当たりが滑らかで暖かい。

ZIGGY CHENだからこその美しさがこのシャツには詰まっています。

SPREAD COLLAR STRIPED SHIRTも、ZIGGY CHEN定番の裏地に使われるストライプ生地のように見えて、その生地をベースにさらに発展させたコットン生地です。
ドビークロスのように織り上げてから手染めされており、重厚感とエレガントさが共存しています。

襟の形は50sのオープンカラーをイメージさせ、袖山にはナポリのテーラードシャツによくみられる「マニカカミーチャ」と呼ばれるプリーツが施されてあります。

時や場所を超え、再構築する。
ここにも美しさと着心地を両立させる「意志」がみられます。

“着る人が”完成させる服

__ここまで伺って、 ZIGGY CHENの服は「形そのもの」だけでなく、「着る人との関係」を大切にしているんだと改めて感じました。

伊藤:そうですね。
服単体で完結しようとしないというか。むしろ「着ることで初めて輪郭が決まる」という前提で作られている感じがします。

だからこそ、まず大切なことは着心地です。
いくらかっこよくても疲れてしまうものには次第に手が伸びなくなってしまいますからね。

Volagerに込められた「意志と余白」という言葉は、そこを象徴していると思います。

意志だけでも窮屈になるし、余白だけだと意味が曖昧になる。

その間でバランスを追求しているように思います。

__キュビズムの話とも重なりますね。絵そのものではなく、「見るという行為」が作品を成立させる、という姿勢。

伊藤:まさにそうなんです。キュビズムは多面性を描いたと言われますが、僕は「鑑賞者の視点を巻き込んだ」ところが革新的だったと思っているんです。

ひとつの角度で読み解けないように作られているんですよ。

__ZIGGY CHENもまた、ひとつの着方で答えを固定させない。

伊藤:そう。完成を渡すんじゃなくて、完成させるプロセスに着る人を招き入れているのです。

だから、着る側にとって「自分の感覚に戻るためのきっかけ」になる。

トレンドに縛られてばかりいると物の本質や自分を見失う。

流行や文脈の外側で、もういちど自分の基準に触れる体験ができるわけです。

時代に流されたりAIに頼りっきりになるのではなく、各々が自由な未来(Leisure)を切り開いていこうとする意志(Volition)を見つける。

大切なのは自分の感情に従うこと。

服を選ぶ・着るという行為は本来すごく個人的で、すごく自由なんですよ。
「自分のファッションを楽しむ」そこにもう一度ちゃんと光を当てたのが、今期の「VOLEISURE」なんじゃないかなと思います。

一般的な幸せの形が自分にとっての幸せとは必ずしも言えないように、その人それぞれの美しさを見つけられるきっかけになるといいですね。

心のそこからやってくる原始的な「喜び」のエネルギーが一番強いですから。

__なぜ洋服が好きなのか、着ることが好きなのかの原点に立ち還れる素晴らしいシーズンですね!今回も素敵なお話しありがとうございました。

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